アルベルト・ヒナステラの「アルゼンチン舞曲(Danzas Argentinas)Op.2」は、20世紀の作曲家ヒナステラの出世作であり、いま日本のコンクールや演奏会でも取り上げられる機会が増えている作品です。
この記事では、ヒナステラ国際協会の理事・東京支部長として、また実際にこの曲を演奏会で弾いてきた演奏家として、全3曲の難易度と演奏のポイントを解説します(私の演奏はトップページの演奏動画でお聴きいただけます)。
「アルゼンチン舞曲」とはどんな曲か
アルゼンチン舞曲は、若き日のヒナステラが書いた3つの舞曲からなる組曲です。アルゼンチンの大地と民衆の踊りが、鋭いリズムとモダンな響きで描かれます。
- 第1曲「年老いた牛飼いの踊り」
- 第2曲「優雅な乙女の踊り」
- 第3曲「はぐれ者のガウチョの踊り」
演奏時間は全曲で8分前後。単独でも演奏されますが、3曲を通したときの緩急の設計こそがこの組曲の醍醐味です。難易度の目安としては、第2曲が中級以上、第1曲が中〜上級、第3曲が上級。全曲通すなら、ショパンのエチュードに手が届く程度の技術が土台として欲しいところです。
第1曲「年老いた牛飼いの踊り」——複調の面白さとリズムの正確さ
第1曲でまず楽しんでいただきたいのは、複調——左手と右手の調性が違うことによる、独特の響きです。ぶつかっているのに濁って聴こえない、この乾いた色彩がヒナステラの世界の入口です。「間違った音に聴こえないか」と恐る恐る弾くのではなく、複調の響きそのものを楽しんで弾いてください。
技術面のポイントは2つです。
左手はノンレガート。 つなげて弾いてしまうと、大地を踏む踊りの足取りが消えてしまいます。一音一音を切り離し、乾いた土の感触で。
リズムは、きわめて正確に。 この曲の生命線はリズムです。ノリで揺らした瞬間に、踊りは崩れます。メトロノームで徹底的に正確さを作り込んでから、表現を乗せてください。
そしてもう一つ。「年老いた牛飼いの踊り」というタイトルを、よくイメージすること。若者の踊りではありません。年老いた牛飼いの、無骨で、どこかユーモラスな足取り。イメージが決まると、テンポ感もタッチも自然に定まってきます。
第2曲「優雅な乙女の踊り」——ギターの伴奏の上で歌う
緩徐楽章にあたる第2曲は、組曲の中で最も「歌」の曲です。
左手は、ギターの伴奏を意識してください。 ヒナステラの音楽の根底には、アルゼンチンのギター文化があります。左手の分散和音は、ピアノの伴奏である前に、ギターの爪弾きです。この意識があるかないかで、曲の空気がまったく変わります。
その上で、右手のメロディーは、音色も表現もともによく歌わせること。ここはテクニックの曲ではなく、音色の曲です。どんな声でこの乙女を歌わせるか——タッチの引き出しが問われます。
表現面では、ルバートでテンポの揺れを上手に作ることが鍵になります。機械的なインテンポでは踊りの優雅さが出ませんが、揺らしすぎれば形が崩れます。フレーズの呼吸に沿った、自然な揺れを設計してください。
細部では、所々に現れる内声をよく聴くこと。メロディーと伴奏の間に隠れた声部が、この曲の陰影を作っています。そしてffの箇所は、音が汚くならないように。この曲のffは怒りではなく、感情の高まりです。強さの中にも美しさを保ってください。
第3曲「はぐれ者のガウチョの踊り」——難リズムを制する者が制す
フィナーレの第3曲は、組曲中もっとも技巧的で、もっとも熱狂的な曲です。
最大の課題はリズムです。はっきり言って、大変難しい。しかし、だからこそ極めて正確に弾いてください。この曲の熱狂は、勢いや乱れから生まれるのではなく、正確なリズムの積み重ねが生む推進力から生まれます。リズムが崩れた熱狂は、ただの騒音になってしまいます。
もう一つのポイントは、軽く弾くこと。音数が多く音量も大きい曲ですが、重い打鍵で叩き続けると、腕が持たない上に、踊りの躍動感が失われます。鋭く、しかし軽く。この両立が、第3曲の技術的な核心です。
そして中間部。ここでは6/8拍子と3/4拍子の交替が現れます。同じ6つの音の並びが、3つ×2として揺れるのか、2つ×3として揺れるのか——このリズムの二面性は、ヒナステラを含むラテンアメリカ音楽の心臓部です。曖昧に流すのではなく、両者の区別を堂々と弾き分けると、実にかっこいい。ここが決まった演奏は、聴衆の体が自然に動きます。
この曲を学ぶ意味——ヒナステラは「本物の先生」を選ぶべき理由
アルゼンチン舞曲は、楽譜通りに音を並べることは(第3曲を除けば)決して不可能ではありません。しかし、複調をどう響かせるか、ギターの語法をどう歌わせるか、リズムの二面性をどう弾き分けるか——この曲の核心は、楽譜に書かれていない部分にあります。
私はこの音楽を、ヒナステラと親交のあった巨匠エドゥアルド・デルガード氏、日本におけるヒナステラ演奏の第一人者・瀬田敦子氏のマスタークラスで学び、現在はヒナステラ国際協会の理事・東京支部長として、この作曲家の音楽を日本に伝える活動を続けています。
アルゼンチン舞曲に取り組んでみたい方、コンクールや演奏会で弾く予定のある方は、ぜひ一度ご相談ください。遠方の方には月1回の集中レッスンもご用意しています。作曲家本人につながる演奏の伝統を、あなたの演奏に。