「ピアノは独学でどこまで上達できますか?」——よく聞かれる質問です。動画教材も楽譜も手に入りやすくなった今、独学でピアノを楽しむ方は確実に増えています。

正直にお答えします。独学には、限界があります。 ただし同時に、こうも言えます。独学でやってきた方ほど、レッスンで大幅に伸びる可能性を秘めています。 この記事では、その両方を具体的にお話しします。

独学で「できること」を先に認めたい

まず、独学を否定するつもりはまったくありません。趣味として演奏を楽しむ分には、独学は十分に機能します。好きな曲を、好きなペースで、誰にも気兼ねなく弾く——それはピアノとの幸せな付き合い方の一つです。

実際、独学で何年も続けてこられた方は、譜読みの力も、練習を継続する力も、既に持っています。これは決して小さな財産ではありません。

問題は、「もっと上手くなりたい」「あの曲を、ちゃんと弾けるようになりたい」と思い始めたときです。そこから先に、独学では越えにくい壁が現れます。

壁その1:伝統的な解釈は、独学では学べない

最も大きな壁は、演奏解釈です。

楽譜には、すべてが書かれているわけではありません。ショパンのルバートをどう揺らすか、バッハのアーティキュレーションをどう処理するか、ベートーヴェンのフォルテと ドビュッシーのフォルテはどう違うのか——こうした伝統的な解釈は、楽譜の行間にあり、演奏の伝統として人から人へ受け継がれてきたものです。

これを学ぶには、その伝統を受け継いだ人からレッスンを受けることが必要不可欠です。録音を聴いて真似ることはできますが、「なぜそう弾くのか」という理由までは録音は教えてくれません。理由がわからない模倣は、曲が変わると応用が利かないのです。

私自身、国内での学びに加え、イタリアの音楽祭で研鑽を積み、ヒナステラと親交のあった巨匠のマスタークラスで学んできました。そこで受け取ったものは、どんな教材にも書かれていない類のものでした。演奏の伝統とは、そういう形でしか渡せないものなのです。

壁その2:体の使い方は、自分では見えない

もう一つの壁は、もっと物理的なものです。手首や腕の使い方です。

これまで多くの独学経験者の方をレッスンしてきて、はっきり言えることがあります。独学でピアノを弾いてきた方は、手首や腕の使い方を学ぶことで、大幅に伸びる可能性があるということです。

独学の場合、音が合っているか・指が回っているかは自分で確認できますが、腕の重さがどう鍵盤に伝わっているか、手首がどう連動しているかは、自分では見えません。そして、この見えない部分こそが、音色・スピード・疲れにくさのすべてを左右します。

「速いパッセージで腕が固まる」「長く弾くと疲れる」「音が硬いと言われる」——これらはほぼ例外なく、才能ではなく体の使い方の問題です。逆に言えば、直せます。それも、独学で培った譜読み力と継続力がある方なら、驚くほど速く変わります。

「独学5年」は、遅れではなく助走

独学で数年やってきて、初めてレッスンに来られる方は、しばしば「変な癖がついていてすみません」と恐縮されます。私はいつもこうお伝えしています。その5年は遅れではなく、助走です。

譜読みができる。練習の習慣がある。弾きたい音楽のイメージがある。——この状態でレッスンを始める方は、ゼロから始める方の何倍ものスピードで伸びていきます。レッスンで提供するのは、独学では手に入らなかった2つのもの——伝統的な解釈と、体の使い方——だけでいいからです。

独学の限界を感じ始めたということは、耳と音楽性がそのレベルまで育ったということでもあります。それは、次の段階に進む準備ができたというサインです。

当教室のレッスン方針では、脱力や重さの支え方といった体の使い方から、様式に基づく解釈まで、独学では届かない部分を体系的に指導しています。独学で積み上げてきたものを、本物の演奏につなげる。そのお手伝いをさせてください。

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執筆者ポートレート
執筆:小倉裕貴
ヒナステラ国際協会理事・東京支部長。ピアラ国際ピアノコンクール入賞、ヒナステラ国際コンクール ヒナステラ特別賞。イタリアのオーケストラとピアノ協奏曲を共演。