ショパンのエチュード。ピアノを学ぶ人なら誰もが一度は憧れる、そして多くの人が挫折する山です。「いつになったら弾けますか?」という質問に、私は曲名や教本の進度ではなく、いつも3つの土台で答えています。
速いパッセージが弾ける流暢さ(瞬発力)。脱力。そして、手首や腕のしなやかさ。 この3つが揃っているかどうかが、挑戦の時期を決めます。順に説明します。
なぜ「土台」が先なのか——エチュードは練習曲ではなく作品
前提として、ショパンのエチュードの特殊性を知っておく必要があります。
ツェルニーが「技術を身につけるための練習曲」なのに対し、ショパンのエチュードは技術を持っている人が音楽を語るための作品です。一曲一曲が演奏会で弾かれる芸術作品であり、技術的課題は極限まで高い。つまり、エチュードで技術を作ろうとするのは順序が逆で、技術の土台を持ち込んで、音楽を学ぶ場所なのです。
土台がないまま挑むと、何ヶ月かけても「音を並べる」ところで止まり、曲を嫌いになって終わります。憧れの曲だからこそ、正しい登り方で。
土台①:速いパッセージの流暢さ——瞬発力
1つ目は、速いパッセージを流暢に弾ける指の瞬発力です。
ショパンのエチュードの多くは、速い音型が曲の最初から最後まで途切れず続きます。部分的に速く弾けるのではなく、数分間、流暢さを持続させるスタミナと瞬発力が要る。この力は、ツェルニー40番程度の練習曲を、指定に近いテンポで、余裕を持って弾けるかで測れます(40番の使い方はこちら)。
「ゆっくりなら弾ける」は、まだ土台が完成していないサインです。ゆっくり正確に、から、速く流暢に、へ——リズム練習やタッチを変えた練習で瞬発力を仕上げてから挑む方が、結果的に近道になります。
土台②:脱力——数分間、力まずに弾き続けられるか
2つ目は、脱力です。
エチュードが「途中まで弾けるのに最後まで持たない」場合、原因はほぼ確実にここにあります。力んだ状態で速いパッセージを弾き続けると、腕は数十秒で乳酸に襲われ、後半は硬直との戦いになります。逆に、腕の重さを鍵盤に預けて支えで受ける奏法ができていれば、速い曲でも疲労は最小限で済みます。
チェックポイントは単純です。今弾いている曲を、最後まで疲れずに弾き切れるか。 曲の後半で腕が重くなる自覚があるなら、エチュードの前に脱力の仕組みを整えるべきです(脱力の構造はこちらの記事で詳しく解説しています)。
土台③:手首と腕のしなやかさ
3つ目は、手首や腕のしなやかさです。
ショパンの音型は、手の位置が刻々と移動し、広い音域を波のように行き来します。これを指だけで追うことは物理的に不可能で、手首の柔らかい回転と上下、腕全体の滑らかな運びが、指を正しい場所に「運んで」くれる必要があります。
手首が固い人の演奏は、見た目でわかります。手の形が一定のまま、指だけがバタバタと動いている。しなやかな人は、手首と腕が常に微細に動き続け、指はその上で最小限の仕事をしています。この差が、音の滑らかさと疲れにくさの差になります。
挑戦するときの選曲——最初の一曲
3つの土台が整ったら、いよいよ選曲です。25-1(エオリアンハープ)、10-9、25-2あたりは、エチュードの中では比較的取り組みやすく、最初の一曲としてよく選ばれます。逆に10-1、10-2、25-6のような曲は、土台が万全でも高い山です。
ただし「取り組みやすい」は「易しい」ではありません。どの曲にも固有の課題が仕込まれているので、あなたの手の大きさ・得意不得意・目的に合わせた選曲を、指導者と相談して決めることを強くおすすめします。
当教室のレッスン方針では、練習曲の体系で土台を作り、ショパンのエチュードまで届く道筋を設計しています。憧れを、計画に変えましょう。挑戦の時期の見極めから、ご相談に乗ります。