アルゼンチンの作曲家アルベルト・ヒナステラ(1916-1983)。20世紀の南米が生んだこの作曲家の音楽は、大地を踏み鳴らすリズムと、パンパ(大草原)の静寂を思わせる詩情を併せ持ち、一度はまると抜け出せない魅力があります。近年は日本のコンクールや演奏会でも取り上げられる機会が増えてきました。
この記事では、ヒナステラ国際協会の理事・東京支部長として、入門に最適な5曲を、聴く曲と弾く曲の両面からご紹介します。
その前に:ヒナステラの心臓「マランボ」のリズム
5曲の前に、一つだけ知っておいてほしいことがあります。ヒナステラの音楽の心臓部、マランボのリズムです。
マランボとは、アルゼンチンのガウチョ(牧童)が踊る、速い6/8拍子の勇壮な踊りです。6つの音が「3つ×2」にも「2つ×3」にも揺れる二面性を持ち、この揺らぎこそがヒナステラのリズムの推進力になっています。まずこのリズムに慣れることが、ヒナステラ入門の一番の近道です。 以下の5曲は、いずれもマランボのリズム感覚を育ててくれる順に並べています。
①バレエ《エスタンシア》——まず「聴く」入門はここから
最初は弾く前に、聴いてください。バレエ音楽《エスタンシア》、特に終曲の「マランボ」は、ヒナステラのリズムの熱狂を最もわかりやすく体感できる一曲です。管弦楽が一体となって踏み鳴らすマランボは、初めて聴く人の体も自然に動かします。ヒナステラという作曲家の入口として、これ以上の曲はありません。
②アメリカンプレリュード——「弾く」入門の定番
さて、弾く方の入門です。ヒナステラを弾き始めるなら、アメリカンプレリュード(12のアメリカ風前奏曲)がいいでしょう。 1曲1〜2分の小品集で、中級程度から手が届きます。
短い曲の中に、ヒナステラの語法——マランボのリズム、民謡風の歌、鋭い和音——が凝縮されていて、いわばヒナステラ語の単語帳です。全曲でなく数曲の抜粋でも演奏会で映えるのも、この曲集の使いやすさです。
③アルゼンチン舞曲——ヒナステラの代名詞
次の一歩が、出世作アルゼンチン舞曲です。第1曲の複調の乾いた響き、第2曲の歌、第3曲のマランボの熱狂——3曲8分でヒナステラの世界が完結しています。コンクールや演奏会のレパートリーとしても定番になりつつあり、「ヒナステラを弾いています」と言えば、まずこの曲を指します。
全曲の演奏ポイントは別記事で詳しく解説していますので、取り組む方はぜひご覧ください。
④クリオージョ舞踏組曲——次の山へ
アルゼンチン舞曲の次に見えてくる山が、クリオージョ舞踏組曲です。より規模が大きく、和声も響きも一段と深い。ヒナステラの民族的な時代の集大成的な作品で、聴くだけでも十分に楽しめますが、弾き手にとっては「ヒナステラ弾き」を名乗れる勲章のような一曲です。
⑤ピアノソナタ第1番——手が届くなら、最高の到達点
そして、手が届くのであれば、ソナタの第1番もいいかもしれません。 ヒナステラのピアノ書法の頂点の一つで、マランボの熱狂、夜の神秘、打楽器的な鋭さが4つの楽章に結晶しています。国際コンクールの課題曲・自由曲としても選ばれる本格的な大曲です。憧れの目標として、まず録音で聴き込んでおくことをおすすめします。
演奏上の大切な注意:ffを、汚く固い音にしない
最後に、ヒナステラを弾くすべての人への注意点を一つ。
ヒナステラには、しばしばフォルティッシモのような大きな音が出てきます。ここで決して汚く固い音にならないようにしてください。ヒナステラのffは、怒りや暴力ではなく、大地のエネルギーです。叩きつけた硬い音では、この音楽の野性は表現できません。腕の重さで楽器を鳴らし切る、豊かで芯のあるフォルテ——ここがヒナステラ演奏の生命線です(音が硬くなる原因と直し方はこちら)。
当教室では、ヒナステラと親交のあった巨匠エドゥアルド・デルガード氏のマスタークラスで学んだ演奏の伝統に基づき、ヒナステラ作品のレッスンを行っています。遠方の方には月1回の集中レッスンもご用意しています。この音楽の扉を、一緒に開きましょう。
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ヒナステラを実際に学んでみたい方へ。ここに挙げた作品は、いずれも当教室のレッスンで扱っています。教室は川崎市多摩区にあり、登戸・向ヶ丘遊園から通えます(→ アクセス)。