「ハノンは意味がない」——検索するとたくさん出てくる言葉です。単調で、音楽的でなく、時間の無駄だと。一方で、世界中のピアニストが今もハノンを使い続けているのも事実です。
どちらが正しいのか。私の答えはこうです。「意味がない」は、半分正解です。 正確に言えば、意味のない使い方と、絶大な効果を出す使い方がある。この記事では、その分かれ目を具体的にお伝えします。
意味がないのは「機械的に通す」使い方
まず、意味がない方をはっきりさせましょう。
ただ単に、機械的に1番から60番まで通す弾き方は、意味がありません。 指は動いていても、頭と耳が働いていない練習は、時間を消費するだけです。テレビを見ながらでも弾ける状態でハノンを回している——心当たりのある方は多いはずです。
ハノンが「意味ない」と言われるのは、教本のせいではなく、この使い方のせいです。ハノンはあくまで素材で、料理の仕方がすべてなのです。
効果を出す使い方①:転調する
最初の料理法は、転調です。ハノンの音型を、ハ長調のまま弾くのではなく、様々な調に移して弾きます。
これが効く理由は2つ。まず、黒鍵が入ることで指使いと手のポジションが変わり、すべての調での手の形が鍛えられます。実際の曲はハ長調ばかりではありません。もう一つは、頭が働き続けること。転調しながら弾くには、音型を「指の癖」ではなく「音の関係」として理解している必要があります。機械的な練習が、その瞬間に頭脳の練習に変わります。
効果を出す使い方②:タッチを変える
2つ目は、タッチを変えること。同じ音型を、スタッカートで、深いレガートで、指先だけの軽いタッチで、腕の重さを乗せた深いタッチで——と弾き分けます。
ハノンの単純な音型は、実はタッチの練習に理想的です。音が複雑だと、音を追うことに意識が取られてタッチまで気が回りません。単純だからこそ、触り方の違いが音色の違いとしてはっきり聴こえる。ここで育てた引き出しが、曲の中で音色を選ぶ力になります。
効果を出す使い方③:テンポにメリハリをつける
3つ目は、テンポです。あえてゆっくり弾く。そして、とても速く弾く。 中途半端な速さでダラダラ回すのが一番効果がありません。
ゆっくり弾くときは、一音ずつの打鍵の質、指の独立、脱力の確認に全神経を使います。速く弾くときは、指の瞬発力と持久力の限界に挑戦します。同じ音型でも、テンポによって鍛えられるものがまったく違う。メリハリをつける——これがハノン活用の合言葉です。
使い方の設計は、目的から逆算する
まとめると、ハノンで効果を出す人は、「今日は何を鍛えるためにハノンを弾くのか」を決めてから鍵盤に向かいます。転調で全調の手を作る日、タッチの引き出しを増やす日、ゆっくり弾いて脱力を確認する日。目的が変われば、同じ1番でも別の練習になります。
逆に言えば、この設計は自分の課題がわかっていないとできません。自分に必要なのは指の独立なのか、脱力なのか、瞬発力なのか——ここの診断こそ、レッスンの出番です。当教室のレッスン方針では、「指の強化」を6つの柱の最初に置き、ハノンやピシュナの効果的な使い方を一人ひとりの手に合わせて指導しています。
毎日の10分が、意味のない10分になるか、確実に積み上がる10分になるか。違いは、使い方だけです。