社会人のピアノ学習で、最大の敵は何か。才能でも年齢でもなく、練習時間です。仕事から帰って、疲れた体で、限られた時間をどう使うか——ここの設計次第で、上達のスピードはまったく変わります。

この記事では、私自身が演奏活動と仕事を両立する中で実践している練習設計を、環境づくりと練習の中身の両面からお伝えします。

まず環境:夜間に練習できるかがすべての前提

社会人の練習時間は、現実的には夜に集中します。つまり、夜間練習ができる環境の確保が必須です。ここが解決しないと、練習設計以前の問題になります。

選択肢は主に2つ。電子ピアノか、アコースティックピアノのサイレント機能です。「電子ピアノではタッチが育たないのでは」と心配される方もいますが、夜に一切練習できないことに比べれば、はるかに良い選択です。要は使い分けです。夜は電子やサイレントで譜読みと部分練習、週末の昼にアコースティックで音色を仕上げる——この分業ができれば、平日の夜が丸ごと練習時間に変わります。

ちなみに私自身、夜間練習が必要なときはヤマハのグランタッチDGP-1を愛用しています。グランドピアノのアクションを積んだ電子ピアノで、夜の練習でもタッチの感覚を保てるのが利点です。

効率の核心:「難所から」練習する

環境が整ったら、次は練習の中身です。練習時間を減らして成果を出すには『効率の良い練習』が必要不可欠です。そして効率の良い練習は、突き詰めると2つに集約されます。

1つ目は、難所から練習すること。

多くの人は、曲の頭から通して弾き始めます。すると、弾ける部分に時間の大半を使い、難所には疲れた最後に少しだけ触れて終わる——これが最も非効率なパターンです。順番を逆にしてください。その日の一番元気な時間を、一番難しい箇所に使う。 弾ける箇所は確認程度でいい。これだけで、同じ30分の密度が変わります。

2つ目は、難所のテクニックそのものを克服すること。

難所を何十回繰り返しても、弾けない原因が技術にある限り、回数では解決しません。たとえば速いパッセージが回らないなら、リズム練習(付点や逆付点でリズムを変えて弾く)や、タッチを変えた練習(スタッカートで、深いレガートで、と触り方を変える)で、指と頭に別の角度から刷り込みます。原因に対して処方する——これが「繰り返す」と「克服する」の違いです。

譜読みの時間を減らす:初見力という投資

もう一つ、中期的に効いてくるのが初見力です。新しい曲に取りかかるたびに譜読みで何週間も使っているなら、初見力を鍛えることでその時間が直接短縮されます。

初見力の鍛え方はシンプルで、やさしい曲を、止まらずに、初めて見る状態で弾く練習を日々少しずつ積むことです。そしてもう一つ大切なのは、作曲家の時代区分にとらわれず、様々な曲を演奏すること。バロックも古典もロマン派も近現代も弾いていると、各時代の音型や和声のパターンが体に蓄積されます。この経験値が積まれるほど、初めての楽譜でも「知っている形」が増え、おのずと効率的な練習ができるようになっていきます。

練習設計は、一人で悩まなくていい

まとめます。社会人の練習設計は、①夜間練習の環境を確保する、②難所から練習する、③難所は技術ごと克服する、④初見力と幅広いレパートリーで譜読みを速くする——この4点です。

ただ、実際には「自分の難所の原因が何なのか」を自己診断するのが一番難しい部分です。リズム練習が効くのか、脱力の問題なのか、指の独立の問題なのか。ここを見極めるのは指導者の仕事です。

当教室のレッスン方針では、6つの柱の一つに「限られた時間のための練習設計」を掲げ、都度予約制のレッスンで、次のレッスンまでの練習メニューを一人ひとりと設計しています。忙しいからこそ、練習の質で勝負しましょう。

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執筆者ポートレート
執筆:小倉裕貴
ヒナステラ国際協会理事・東京支部長。ピアラ国際ピアノコンクール入賞、ヒナステラ国際コンクール ヒナステラ特別賞。イタリアのオーケストラとピアノ協奏曲を共演。